算命学では「現実虚」、「精神虚」といわれる人が6分の1ずついます。
現実虚とは何かといえば、現実が「虚」になるので、現実の財産や人間関係、目に見える世界に価値をおかない価値観を構成します。
その結果、「現実」とは対極の学問や芸術、精神性の世界に向かい、その世界で生きるのが向く人になります。
どこか世界の当事者になりきれない、世の中を俯瞰して眺めているタイプの人です。
精神虚とは何かといえば、精神が「虚」になるので、精神性や宗教、芸術など、目に見えない世界に価値をおかない価値観を構成します。
その結果、「精神」とは対極のお金や組織、商売などの現実性の世界に向かい、その世界で生きるのが向く人になります。
ちなみに、このタイプの人はお金目当てのお見合い結婚なども、抵抗なくできたりします。
この2つのタイプの他に、
宿命中殺も「虚」をつくり、その割合は5分の1といわれます。
上記の2つの天中殺にこの宿命中殺が加わると、
現実虚の人には現実性が、
精神虚の人には精神性がうまれ、
諸々の生きにくさは別にして(宿命中殺はそれぞれ人生のある部分での制御不能を意味するので)、
ある種のバランスが生まれます。
例えば、
現実虚で、精神性の高い分野が好きなのに金融機関で働いている私なども、「極めきれない」という課題が付きまとうものの、まぁ現実に生きるという意味ではバランスしていますし、
精神虚で、現実的な分野で大活躍している友人も、芸術性や知性をうまく織り込みながらそれを仕事や交友関係の拡大に生かしていたりします。
こうしたことは、
あまり算命学の本には書いていないのですが、私の周りは本当に宿命中殺を持っている方が多いので、サンプルに事欠かず、
実体験、リアルなお話としてご紹介できます。
そのうち、「宿命中殺のある人」専用のデータバンクをつくっても面白いかもしれません。