明らかな美貌女子で、会社の注力事業に関わったり海外に飛んだり、
そんなふうに活躍しているキラキラ女子なのに、なぜか本人はまったくその自覚がなく、むしろネガティブなことがあります。
一方で、
ハタからみれば不美人で、できれば直接関わりたくはないようなちょっと変な人なのに、
本人が「自分はすごい」と喧伝し、まわりもそれに引きずらて「すごい?かも?」と思わせることに成功している人もいます。
ブログで集客しているような人たちを見ても、
私からみれば明らかに胡散臭くみえるような人で、それでいて人が驚くような高額でセミナーをしているような人がいる一方(しかも満員御礼!)、
ゆかしく感じられる人が良心的な価格でお教室をされていることがあったりして、
世の中ってけっこう「言ったもん勝ち」なことってあるなぁと思ったりします。
まぁ、そうした少し行き過ぎに感じられる自己アピールをしている人に実際に会ってみると、対外的に発信しているのとは裏腹に、実は本人も「ちょっと変」と自覚していたりもし、
またそういう過剰な人たちの勢いは長くは続かないか、別のところで歪みが出てきたりするので、その「言ったもん勝ち」が本当に幸せかどうかは分かりません。
このことについて算命学的に考察していたのですが、
「ちょっと変」なのに過剰なアピールをする人というのは陽占において相剋がたくさんあり、
「整った調和」があるのになぜかアピール不足で自信がない人というのは陽占において五行が流れている、
ということに気づきました。
陽占というのは、
生まれながらにその人が持つ人間関係の型でもあるのですが、
部分的に相剋があったとしても、十大主星の五行が木火土金水と流れる人というのは基本的に調和的な人間関係に恵まれます。
一方で、五行が流れず相剋にあふれていたりすると人間関係には葛藤や試練がつきまとう。
金持ち喧嘩せず、
という言葉がありますが、
五行が流れる調和的な陽占の星図の持ち主というのは、生まれながらにして恵まれているので、
敢えて自発的に自己アピールしたり過剰に何かをするということに向かうことがなく、
一方で相剋にあふれた陽占の星図の持ち主というのは、子供の頃から葛藤や試練の多い人生を歩むために、その反動として過剰な自己アピールや偏った何かに向かうのだろうと思います。
相剋が多いということは、
葛藤や試練も多いのですが、それを超えると調和的な星図の人より大きな喜びや名誉を得られたりします。
思いの絶対値(喜びと苦しみの落差)が大きいほどに才能が開きやすく、世間に打ち出ていく力につながりやすいからです。
一方で、五行の流れる調和的な人は、
葛藤や試練が少なめで、何もしなくてもある程度満たされているものなので、
何かに必死になるとか、大きく世間に打ち出ていこう、という思いを抱きにくい傾向があります。
才能占技において刻線の在り処が才能の在り処といわれ、刻線のない人は才能に気づきにくいといわれるのと同様です。
ちなみに、
五行の流れる調和的な人は身近な人には好かれるけれど、より広い世界では注目を浴びにくく、
相剋の多い人は身近な人には反発されるものの、より広い世界では「出すぎた杭」的に注目を浴びやすい傾向もあります。
友達としてはちょっとアレだけど、
見てる分には楽しいよね、
みたいな感じかもしれません。
なお、私も相剋がたくさんあるのですが、
私のFacebookで“友達限定”で書く算命学についての投稿は「見てはいるけど“いいね”するのは憚られる」といわれたりする一方、
不特定多数の方に向けたブログの方は同じことを書いている(転記している)のですが、昨日、10,000PV/日を超えました。
なんとなく、納得です。
そしてご覧いただいている方、ありがとうございます✨
自己アピール過剰じゃないか?
これについてもちょっと振り返っておこうと思います 笑