【雑記】
算命学では命式だけでは何一つ判断できません。
人生の傾向や生まれ持った性質など、いってみれば「人生の型」が分かるのが命式。
幸せかどうか、
満たされているかどうか、
心穏やかに健やかにいられるかどうか、
というのは、
その人生の型に合った環境に生きているかによって変わります。
例えば、
お子様のいないご家庭の方について、
人によっては「子供がいなくて可愛そう」などと不用意なことを思ったりするものですが、
それが午未天中殺の人や命式に子供の星がなかったりする人であれば、
世の中の常識や世間の見方がどうであれ、
お子様がいなくて順当、むしろ幸せなことかもしれません。
また、
すごく教育熱心な親の元に生まれ、
いたせりつくせり、やりたい習い事は端からやらせてもらい、塾にお稽古、着ていく服も欲しいままに与えられて育った人が天将星を持っていたとしたら、
天将星は皇帝の星、王様の星ですが、
その人は気位ばかりが高くて世の中には用を成さない人になったり、さらにひどけれはホームレスなどになるかもしれません。
あるいは、
宿命中殺がある場合、天地の枠がなく、大きく飛躍する潜在力を持つ人ですが、
もしその人が実家から独立することなく、大きな会社の傘の下で生きているとすれば、
その人の人生は発展性に欠け、場合によっては根腐れを起こしてしまうような人生になることもあります。
よって、
命式を読んだ上で、その命式が光る環境にいるかどうかが、とても大事です。
また、これに付随して、
どんな環境も、人によっては価値のあるものになり得る、ということを知っておくことは、自らの環境はもちろん、他人の環境に対しても一極二元の視点で見つめることにつながり、謙虚な姿勢を育むように思います。
占者の側に立てば、
命式を拝見するときは、
いくつか質問をすることがあり、
また、そうした質問に正確にお答えいただくことが、適切な回答には不可欠です。
しかしながら、人間、見栄を張ったり、張り合ったりと、なかなか本当のことを言わないもの。
そこが命式を拝見する上で最も難しい点であるかもしれません。
先日、部下が6人いるという友人に、その部下や補佐との関係について質問したところ、
「とても恵まれていて良好です!」
とにこやかに答えたのですが、
その友人は申酉天中殺。
西方欠けがあるので、補佐・サポートに恵まれないため楽ができず、仕事は自分が中心になって頑張るのが順当の人。
それを指摘したところ、慌てて「こういう面倒な部下もいます」と言い足した、ということがありました。
友達として聞くのであれば、それも単なる「見栄張りさん」なのですが、
命式を正しく読むことを目的とした場合は、「困った見栄張りさん」ということになります。
私が、占い師になるのではなく、
算命学を学ぶ人を増やしたい、と思うのはそういうことがあるからです。
結局のところ、
本当のことは本人にしかわからないし、
難しい問題であればあるほど、「言い難い現実」を詳らかにしないと読み解くことができません。
しかしそうしたことは、なかなか開示し難いことである、ということもよくあります。
よって、
本人がきちんと学び、自分で読み解いていくのが一番、と思っています。
なお、先の申酉天中殺について補足すると、
申酉天中殺は陽転している人ほど温厚で平和主義者、
一方、宿命を外れている人ほど強い闘争心や張り合う性質が出てきます。
言い換えると、
申酉天中殺で陰転している人には、善意の言葉も届きにくい、ということ。
そういう人ほど、自分で算命学を学ぶと良いのだろうと思います。