算命学では大運の5旬目までに天命を知り、6旬目までには天命に合った生き方に改めなければ淘汰されるといわれます、
ということを繰り返し書いていますが、
それでは遅くないですか?
ということを訊かれました。
確かにそれでは遅そうに感じられますが、
人は、
天命を知ったときが魂の誕生日
なので、
5巡目で天命に目覚め、それに沿った生き方を始められた方というのは総じて長寿になります。
なお、前に、
親子で律音がある場合、親が果たせなかった天命を子が引き継ぐ、
ということを書きましたが、
その場合は親が天命を果たさないということもあります。
家族の運気は一かたまりとしてあり、
それをどう使うのか、
ということなので、
どこかで天命をきっちり果たすことになりますが、
全員が天命を果たすということにはならないものでもあります。
その意味では、焦ったりあくせくしたりする必要はないともいえます。
自分で使えなければ、子や家系の他の誰かが使います。
天命を果たす、
ということについて、
財を得るとか名誉を得る、
ということと思い違いをするのは危険です。
星図にない星を目指すのは宿命からそれますし、
ない星を光らせることによって、他の星にしわ寄せがくることもあります。
名誉(金性)を過度に求めれば、
金剋木と、幸せ(木性)を壊すことになり、
知りすぎること(水性)は、
水剋火と、寿命(火性)を損なうことになります。
名誉(金性)を過度に求めて幸せ(木性)を壊した結果、火を生かす木が減って、寿命(火性)が損なわれるということもあります。
幸せ(木性)を求め過ぎれば財(土性)を失うことになり、
財(土性)を失えば金性を生む土性が減るので名誉(金性)が失われることになります。
財(土性)をやみくもに追求する過程では、知性(水性)を軽んじることになり、
また、知性(水性)が薄くなることによって木性を生む水性が弱り、幸せ(木性)が遠のく、ということになります。
すべてをバランスよく求め手にするのが最もよく、
バランスよく増やしていくには器を大きくする必要があります。
器を大きくする方法は2つ。
1つは徳を積むこと。
陰徳を積めとよくいわれますが、陰でも陽でも徳を積めば器は大きくなります。
陰徳は人目に触れないところでする善行のことですが、
陽の徳とは、人や社会の役に立つことをやること、人の手助けをすることです。
ゴミ拾いでも、人の嫌がる仕事を引き受けるのでも、困っている人を助けるのでも構いません。
社会の役に立つ情報の発信や人の育成などでもよいです。
2つ目は、足るを知ること。
例えば簡単なところでは腹八分で過ごすとか、
欲しい洋服が3枚あって全部買えるけど2枚で我慢する、
あるいは、100平米のマンションを買えるけど、70平米のマンションにしておく、というのもあります。
自分の分に相応のもので満足すべしという意味とは少し異なります。
自分には、100を手にできる能力や権利があるとしても、70や50で我慢する、ということです。
我慢というとネガティブな響きですが、
そのように自分を律する、というのが正確かもしれません。
器を大きくする生活、活動をしていると、天命に近づきます。
天命に気付きやすくなる、とも言えます。
天命に気づき、その道を歩み始めれば、器が大きくなり、器が大きくなれば、様々に大きな幸せが得られるようになる。
しかしその大きな幸せを「足るを知る」意識を持って節制し、「徳を積む」ために人に分け与えていく…
堂々巡りなようですが、
東洋思想は螺旋の仕組みなので、
こうして幸せになっていく、
というのが真相です。
多くの人が、天命に目覚められ、天寿をまっとうされますように。