算命学のベースは陰陽五行思想と言われたりもしますが、端的に言えば道教思想です。
なので、無為自然であるためのハウツー、
自分のナチュラルな性質をいかに活かして世の役に立てるか?という考え方がベースにあります。
よって、人それぞれ、まさに100人いたら100通りのハウツーがあります。
算命学を学んでいると上格とか下格、
偏りがあるとかないとか出てきます。
上格がよく、偏りがなく、宿命冲殺がないほうがよさそうなことを言われたりしますが、
実際には下格で偏りがあって宿命冲殺があるひとが大成したりもしていて、
結局のところ、自分の性質を知り、それに応じた生き方をすることが大事、ということであったりします。
自分の性質を知ることで、
自分はこのままでいいんだ
という安心感と開放感が得られる。
対処法を知ることで、
自分の努力の方向性が定まります。
但し、
自分を知る、ということは、
「世の中の一般的な評価」から脱して、
厳格に自分と向き合う必要があり、
学校教育の平均思考にどっぷりハマっているうちは、なかなかそれができなかったりします。
例えば、
お金持ちは幸せだ、とか、
社長は偉い、とか、
有名人はすごい、みたいな、
平たく言えば「大衆的」な考え方の中にいるうちは、自分の本質を直視するのは困難であろうという気がします。
自分の命はなんのためにこの世に生まれたのか?
ということをナビゲートしてくれるのが算命学。
私はそんな捉え方をしています。
学びの時期、である天中殺期間なので、
こんこんと学んでいますが、
別にその思想と心中しようというわけでもないです。
それでも、人生の折り返しの時期に、
100年ライフを見据える、という意味で、
今この学問を学んでいることには意味がある気がしています。
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