本日の未明、
「算命学の神さまが応援してくれてる」
と感じるようなことがあったので、記録として書いておきます。
昨晩は、近所の方から命式を見て欲しいといわれていた方の対応をしたのですが、まったくもって疲労感ばかりが残る夜でした。
友人の紹介だったこともあり、
自宅での飲み会とセットにしてしまったのがいけなかったようにも思いますが、お帰りになったのが夜中の2時くらい。
恐ろしく長い時間を無駄にしてしまった感じとともに、
先日書いたばかりですが、「お遊び半分」の方の命式を観ると、疲労感ばかりか自尊心まで傷つけられるので、もうやめようと改めて思った夜でした。
そんなこんなで、夜中の2時を過ぎて一人その疲労感にピリピリと苛立ち、ぶつける先もないまま、Facebookの友達整理などもし、ブログにいただいていたコメントに返信などしていたのですが、
その2時を過ぎたタイミングで返信したコメントにリアルタイムでさらに返信が。
普段、そんな時間にコメントはないし、そもそもあっても気づかないもの。
さらにいえば、そんな時間に返信して、それにリアルタイムでさらに返信が来る確率ってどれだけのものか分かりませんが、おそらく数パーセントくらいのものと思います。
それが、
私のやさぐれた気持ちを知ってか知らずか、
(知っているわけはないので偶然だと思いますが)
リアルタイムで返信が来て、
それが私の傷ついた自尊心を癒して余りある内容で、私はその方のコメントのおかげで心が救われ
、「また頑張れる」と思うことができたのでした。
その救われたコメントがこちら。
『ともあれ、私レベルでは基本ながらも詳細に意見を交えて書いてくださるので十二分、非常に役立っております。
算命学のブログとしては、開始されてまだ数年なのに、量と濃さはトップクラスだと感じております。
(中略)疑問点があるたびにあれこれ多数のブログを同内容を比較して当たりをつけている状態ですが、まあ皆さん教科書そのまま抜き出したもの、もしくは他のサイトで書かれた内容をふわふわした文体に直しただけの方々が多いこと。(以下略)』
私のブログは学び用なので、とても「トップクラス」などとはおこがましいのですが、
少なくとも教科書の丸写しや他のサイトの焼き直しはありません。
一つ一つ、自分の考察を記しているもので、それは私のブログだけを見ている人は気づかないかもしれませんが、他のサイトも見ていれば、つまり「見る人が見れば」分かります。
これまでそのことに特に自負を持つということはなかったのですが、
そのようにきちんと見てくださる方がいたことに救われ、昨晩の酷く傷ついた自尊心にはこれ以上にない慰めであり癒しの効果があり、さらには「自負心を持つ」ことを促されているように感じました。
多分、普段のなんでもないときであれば、
「ありがとうございます」で終わっていたと思うのですが、
そんなタイミングでのその内容に、
「算命学の神さまが応援してくれてる」
と、感じた次第。
世の中、たまにまるで「通り魔」のような人に遭遇することがあります。
それにより、酷く自尊心が傷ついたり破壊的な気分に陥っていたりして、投げやりになってしまうことがあるものですが、
たとえそういうことがあったとしても、日々研鑽を重ね精進していれば、神さまはみていて、リカバーしてくれるんだろうと思います。
そうしたことを身をもって体験したことを忘れないために、記録として書いておきます。
ちなみにその「友人の友人」は友達削除ではおさまらず、「ブロック」しましたが、
弱く緩慢な自尊心、自負心というものは、そういう極めて無礼な人と遭遇することにより、強く育っていくものなのかもしれません。
そう考えると、「通り魔のような人」に遭遇することにも意味があり、私の緩慢な自尊心や自負心に喝を入れるためにその人は登場したのかもしれず、もしかすると感謝すべき存在という見方もできるのかも。
(二度と関わりたくないですが。)
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