本日は横浜美術館所蔵コレクションを「出会い」という切り口でキュレーションした企画展へ行って参りました。
そのほとんどが近現代の作品だからか、
人もまばらでじっくりゆっくり堪能できた素敵な時間。
個人的には、
啓蒙時代以降、とりわけ近代的自我の目覚めの時期である1920年代頃以降の作品が面白くて好きです。
作品とタイトルを眺めて禅問答をしているような、
作家と対話をしているようなそんな気分で楽しむことができる感じ。
絵画やオブジェ、インスタレーションは体験としてそれを感じることができるという点で、
文字情報を再解釈する間接体験のツールである書籍よりも直接的な体験ツールであるように思います。
物事を眺める視点とか、
風景の切り取り方とか、
私たちの生活する世界が3次元だとしたら、3.5次元くらいの世界の捉え方へナビゲートしてくれる感じがあります。
例えばピカソといえば、猫も杓子も「すごい」とその企画展などあると人が殺到するわけですが、
彼の目から見えていた世界を本気で観ようとする、あるいはその世界が観えている人がまわりにいたとしたら、
多分一般的には「おかしな人」と思われるはず。
私は、
美術家の人たちがとらえた世界というのは、どれもその人たちの「真実」で、
作品は、「一般常識」の中に埋没し、そこで沈黙しているその真実を、
果敢に「これが真実だ」と、
大衆に迎合することなく表明しているのだと、そんなふうに考えています。
その意味で、一般社会の整然とした堅固な価値観の中に息苦しさを感じている人にとっては、
一種のレスキューツールでもあるように思います。
宿命中殺のある人とか、
異常干支のある人とか、
あるいは内次元・外次元を経て次元の上がった人は、
平面的な世の中を斜め上から見ることができたりするのですが、
そういう人は美術館を生活の一部に取り入れると、
自分の視点と似たものに出会うことで安心感を得て、少し生きやすくなるのかもしれないな、と思います。
写真はピカソの『ヴィーナスとキューピッド』。
形態をデフォルメさせた4つの連作です。
4つの視点を見比べていると、
世の中の見え方が少し変わってくる感じがします。
※所蔵作品だからか、全ての作品が写真OKでした🙆♀️
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