葉桜。
「春惜しむ」という晩春の季語がありますが、今日はそんな日。
新たな元号「令和」が発表されて以来、
ときどき万葉集の中の長歌を口ずさんでいます。
天地の分れし時ゆ 神さびて 高く貴き駿河なる不尽の高嶺を 天の原振りさけ見れば
渡る日の 影も隠らひ 照る月の 光も見えず
白雲も い行きはばかり 時じくそ雪は降りける
語り継ぎ 言ひ継ぎ行かむ 不尽の高嶺は
み吉野の 吉野の宮は 山柄らし 貴かるらし 川柄し さやけかるらし 天地と 長く久しく 万代に 変はらずあらむ 行幸の宮
57調の言葉の連なりが醸し出す、
危うさというか覚束なさというか、
あれ?まだ続くの?
あれ?ここで上げるの?みたいな、
その不思議な不安定感の先に、
引っ張って引っ張って、
スパッと上がりきってそこに確かな足場を得る感じ。
その感じが好きで、口ずさんでいます。
様々なものを溜めて溜めて溜め込んで、
その先で臨界点を超えて力強く花開いた、
飛鳥時代とはそんな時代だったのだろうと思うのですが、
その力強さ、自由さが私の性質に合うのかもしれません。
日本の歴史において好きなのは、
飛鳥時代と鎌倉時代、そして明治期です。
共通点、分かりますでしょうか(^ ^)
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